2014年08月29日

ある中企業のトップに会うための準備中の話

ある中企業のトップに会うための準備中の話
先日、約30年以上、交流・ビジネスを継続している老会長が遠隔地にいます。この会長は、開発意欲が強く、工業系新聞は片っ端から暇に任せて読み、気になる記事にはすぐに電話でカタログ等を要請し、その後、各種調査機関でデータを入手して、下調べを行い、目的の会社の責任者が来るまでに準備して置く。しかも、知り合いに電話をかけて情報に関する感触を打診する。その後、この責任者が持参したカタログ、サンプルを例えば、設計事務所、板金屋、それに小生のような長い付き合いで知財かも多数経験した人の見解など全て、準備して次の訪問を要請するか、相手の姿勢を確認している。今回のターゲットの社長は、40歳で2代目で、父親の死去に伴う承継のトップであり、技術も経営も?の感じは否めないと。ただし、可能性のある市場へのチャレンジは、起業して準備している感覚である。しかし、これは余裕のある会社ならまだしも、苦しい経営の中では、やり方が間違っているかも?それは、現在の市場は、ものがありきでなく、市場がありき、が先決である。モノづくりは日本国には、溢れている。あるテーマの加工を依頼するための情報を発信したら、この指とまれのごとくメーカはすぐに集まる。そこでの差別化は、安全安心、品質、高精度・納期などはほぼ同じレベルであり、価格の判断基準が優先する。勿論、知財を所有し、この加工法でないと形成できないものなら、最大の差別化である。しかし、通常の加工では、その差別化はない。そこで、老会長は、このトップを小生に紹介して、今後の対応等をコンサルしてくれないかとの話である。勿論、モノもトップも見ていないし、面識もないので判断に苦しむ。それでHPから概念の情報を収集できたので、このサンプル写真等からどの分野にこのサンプルの役立つ市場があるのか?
いろいろと検討しているが、写真と記事だけでは実感が?まずは、このトップと会う時期をすすめるべきと思う。勿論、可能性のある市場等を調査しているが、現場の情報収集をサンプルを介して打診したいのと、」知人を介して市場判断お眼のある人を紹介してもらい、その見解等も集めたい。そして最後はこの会社の人材を如何に活用するかにかかる。そして、この会社を業界NO、1か、地域NO,1に育成する夢を描きだしている。それは最後の社会への奉公と位置づけて成功へコンサルすることが使命と考えることしか頭にない。久々に全精力をつぎ込めるチャンスが来た。
  


2014年08月27日

設計者とメーカとゼネコンとの責任、費用分担は?

設計者とメーカとゼネコンとの責任、費用分担は?
今回知人からある商品の性能試験の試験費用がメーカからの振込が半年もはされず、設計事務所が、ひと時の代替で支払っていたそうである。しかし、契約書の中身からは今月末が納付期限である。勿論、分割支払いの話もメーカ側には伝えてある。あるが、現在ゼロの振込である。今回なぜ、この様なトラブルが生じたのか?それはメーカが単体での性能評価しかされておらず、他部材との連結によって想定外のクレーマが発生することもある。しかし、今回は加工による性能評価が必要となり、大学に試験を依頼したら、それなりの費用が請求された。そこで、設計者とメーカが折半したが、メーカが入金してくれず、設計者が全部を大学に支払い、面目を保っている。(信頼性確保)ところが約束に日時が迫っているのに、一切の無しの礫であり、設計者は困りきっている。それに責任者である相手の会社の社長の携帯に電話をかけても出ない。会社にかけても留守(居留守?)そこで、両者を知る小生の仲介を依頼してきました。話を双方から電話で聞いた状況では、メーカ側の課題がありそうに見えます。しかし、メーカは逆に設計者の責任の様な感覚でいるように思える。しかし、これはメーカの無責任的な態度であり、今後の連携は?
それに知り合いのメーカの商品が良さそうだから、設計に指定したのである。その点も考えると、どちらがどうすべきかは、自ずと認識できるはずですが?そのため、いずれにしても、この両者のトラブルは、小生は直結していませんが、両者を結果的に引き合わせた小生としては、和解して、次の工事に採用されることがトラブルの価値が評価される試金石である。
  


2014年08月27日

人口減少がすべての国力を低下させることに対策は

人口減少がすべての国力を低下させることに対策は
最近は、人口減少が国力の低下に直結すると話題になっている。勿論、人間社会ですから分母が人口であり、成果は分子だと置き換える。ただし、これは数の対比であり、分母の一人あたりの力は、平均並みでの前提条件である。もし、個人の力が大きく違えば、それは人口にGDPは比例しない。しかし、国全体の対比では、現状は人口に関係なく、総合収益の計算である。そレも一つの指標である。しかし、やはり一人あたりの所得が対比し易い。勿論、人口が数倍いれば、その対比においても、トータルで少なくなることは掛け算の仕業である。ただし、これからは、個人の能力と人間代替えのロボット台数等、人間が稼動しなければ収穫できないものでなければ、これも所得になり得る。そう考えると、ロボットは24時間、365日勤務での可稼働もありえます。すると約2、5から3倍の収益が得られる。また、人間の能力は差があり、優れた人が英才教育で、更に英才に教育して、その成果を社会に還元させると、人口減少の割合により対策が出ると思います。
それでも絶対数が少なければ、やはり厳しい環境が予測される。でも人口に見当った収益は得られるので、国力は低下しても国民の生活度合いは、低下しないはずである。でも総合力での勝負となると、やはり多数の人口の国家には、負ける憂き目は見えています。
特に、低開発国家は、これから個人のレベルがますますアップする中での人口増加は驚異である。日本は人口増加策は、移民か、制度か?何らかの対策で子育てが安心で楽で、しかも女性の勤務が可能な対策は、不可欠だと思います。
  


2014年08月26日

ある雑誌に思う

ある雑誌に思う
毎月購入している月刊誌があります。この月刊誌は約12年位、購読している。内容的には人生に直結するような古典や諺、人生体験談、など多岐にわたるが、やはり成功者は迫力のある言葉で断言している。しかも、これらの話は全て事実なのだから、圧倒される。逆に自分を置き換えると足元にも及ばないのに愕然とする。しかし、偉大な人だけが多く、それ以外は?そのようなことはなく、分相応の努力や持ち場や役割を持って生きているのであり、悲観するには、お門違いである。これらの成功者の中身の中で参考になるものをピックアップして、かつ自分にも置き換えられるものから着手して目的を達成することだと、認識している。しかし、どうしても直結して対比すると元気がなくなるかも?それは逆効果であり、自らのレベルにダウンして実行するのが正しいのかも。中には、今日は命がありまして、あすは?など現実に日々感じると,ちょっと厳しい感じがするが、それくらいの覚悟が必要だとの教えである。それを鵜呑みにしては、?そkどえ、ある事案を実行するか、しないかで約2週間ぐらい迷っているが、やはり実行して、その結果から現実を把握するのが当然のことだと思い、今週中、明日にでも行動するのが悔いを残さない。
それは何事も、3日でできないことは永久にできないと言われる。それからするとすぐ実行で結果から今後の行動を考えればいいのである。勿論、当たり前の話なのに決断がつかないのは、やはり雑念、邪念,忘念があるからかも?そのようなものは、命に無関係であり、恥も気にすることなく、次の行動の参考になるだけである。そう思うとやはり行動せずには、いられないです。あすは実行、吉良家への突入の心境である。
  


2014年08月25日

季節は下剋上と?

季節は下剋上と?
それは、昨日までが暑く、熱帯夜的な環境が、今日の朝は、涼しい感覚である。それにコウロギが夕方から鳴き出し、季節は秋に移行しつつあると肌で感じられる。しかも、これまでの半袖から長袖に衣替えしないと、寒い感じである。これらは、変化は下剋上の現象であると、言えるかも?それはやはり、強いものへ入れ替わることだと思う。勿論、変化に対応できるものが生き残る現実はあるが、それもトータルでの力関係に置き換えると、違和感が感じられない。人間のカラダは、この季節の変化に順応するが一部困惑して体調不良を招くかも?でもそれは変化時の経過中だけであり、その後は順次、慣れて快調になる。しかも、季節は地球上のあらゆる環境で起き、その時の各種要因で局部的な場所で生じる現象も珍しくなくなった。ただし、これらの現象には前兆があり、予測不可能ではない。勿論、時間の長短はあるが、それによって生死が別れることも多々生じる。地球上に限らず、宇宙でも変化は起きており、全体を把握する力は?少なくとも人間社会だけでも?の感覚はあるが、?今回の下下剋上は、例外は見当らないと思える。それは、
目に見えない神の力が働いているのか?そのアナログ的要素を察知できると,下剋上は対処法があるのかも?
  


2014年08月22日

週末の病院に思う

週末の病院に思う
約3ヶ月ぶりに診察と薬を受け取るために大きな病院へ出かけた。勿論、予約があり、その時間帯に出向かないと無効になる仕組みである。予約時間内に受診の手続きをして担当課の前で診察順番を待った。約6番目位に予約番号が電光掲示板に表示されていた。
人により、短時間で診察室から出てくる人とある程度の時間を要する患者と様々である。小生は四番目に表示されていた。多分、30分はかかるだろうと思って待っていた。すると2番目までは短時間で診察室から出てきましたが、三番目の人は中々出てこない。これは担当医師がカルテに記載するだけでなく、具体的に診察をしているからである。しかも、医師が患者と話して居る体ある。そしてやっとの思い出待っていると出てきた。詳しい病状は?患者はなぜか元気がない。それに老父婦の組は、多分、旦那の前立腺だろうと予測が付く。ここでも、奥様が元気である。そして週末の午前中の病院は患者でむせ変えて散る。これは土日が休診だからだろうと。それにしても高齢者の患者が多く、国家予算を食いつぶしているのかと頭を掠めた。これらの総計が約30兆円の健保費用とのことだと改めて感じた。即ち、七2歳以上は納付側の負担は一割、その他は自事体でありこれは、行政が収める仕組みである。それを考えると、勿論、無闇矢鱈に保険証を活用すのも?自らの体を維持するためであり、本当に必要なのかは?それにしても老人とそれにつき会う付き添いの人であり、奥様、子供、孫である。しかも、いつも患者の服装から現在の仕事、あるいは隠居、家庭内の粗大ゴミ、厄介者などの印象である。では自分はどのように見られているのか気のなるが?一応、革靴、半袖シャツ、紺色のズボンで固めており、変な服装には、見えないと納得しているが?この状況から自分の5年後1〇年後を予測すると、背筋が寒くなる。多分、老人の殆んどが単独で来ていると思えない、その意味でも二重の損失があるかも?予防医学の徹底に力を入れるべきと思う。すると現在の医療費が1/2なる
  


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2014年08月21日

中途半端な経営トップは

中途半端な経営トップは
ある10人以下の中小零細企業に、自社ブランドへのチャレンジを目指すための話(誘い)にチャレンジしようと企業のを特定していました。その中で、以前1回くらい訪問したことのある企業が頭に浮かび、そこを攻撃しようと種々検討していますが、やはり踏ん切りがつきません。それは失敗しても恥をかいても問題はないのですが、折角のチャレンジなら可能性のある企業に時間も情報もまとめたい。しかし、目指す企業のトップは、本業が幾つかあるらしく、メーカとしての自社ブランドへのチャレンジは?多分、以前は、特定な商品に限り自社商品としていたのだが、現在のHPを見るとそれすらなく、加工技術のPRである。その上、本社を約1ヶ月以上前に移転したのだが、未だ修正されず、本業への力が入っていると思えない?噂では、土地転がし、土地の賃貸、さくらんぼ生産の農業等、それに食堂等の商売も始めたことがあります。この食堂は半年も持たずに閉店した。また、土地ころがしは?土地の賃貸も?農業は趣味のレベルを幾分アップした位いとか?
これでは事業への力が入る訳がなく、力の分散である。しかし、トップは多分、経済的に余裕があるため、これでいいのだと思っているかも?しかしながら、この戦略、戦術はいずれも中途半端であり、集中して本業を営んでいる人に勝てる訳がないのだが?そのことすら気がついていないのかも?しかし、このトップは非常に残念な行動をとっていると思える。それは自己満足以外に残るものがなく、倒産の憂き目も心配ないが半分、趣味の領域と思えば、この中途半端は本人にとっても満足のいく業態かも。でも社員は消化不良にあると思える、リーダは社員の目的を達成させる努力も方策もとっていない。しかも、娘婿が入社しており、以前からの社員は?この金銭的に裕福なトップに目を覚まさせ、自社ブランドへ引き上げるべきか悩んでいる。勿論、2人くらいしか会社の活性化も提案もしており、それよりは?でも軸が腐っているといくら肥料や水を加えても育たず、かれるのが席に山かも?あなたならどうする?勿論、相手は知りませんし、あなたならどの方策を取るかな?

  


2014年08月20日

下請けは下剋上できないのか

下請けは下剋上できないのか?
それは、自らの力がないゆえ、相手に抱っこにおんぶの現状からの脱出ができないような仕組みに構成されている。これは誰も解りきっているのですが、ここを突破する推進力を持たない。この推進力こそが、エネルギーの原点である。それは、無限の知財にほかならない。しかも誰もが所有する能力であり、その発揮は、環境や市場や要望等を観察しながら身につける必要があり、時代の変遷や要望などは、最たる源泉である。しかし、下請け企業は、この現状に甘んじて脱出する気力を持たず、安心、安全の湯船にどっぷりと浸かり、自社にはこの流れがどこまでも継続すると勘違いしている。それは説明するまでもなく、下請けは親会社のバッファなのである。すなわち、パートや委託や請負の範囲であり、損お流れが長きに渡ると誤解して長期に渡って継続すると勘違いしてくる。ただし、この現状や歴史の流れを熟知しているトップは、この現状からの脱出を資金がないからでなく、知財の力をかりて逆転する方策を日々検討して社員をその方向に誘導して集合の知恵を活かす動きに変える。これは文殊の知恵であり、面白くユニークな発想も出る可能性がある。
これこそが下請け脱出の基本である。さて、貴社は?
  


2014年08月20日

研究開発者の心意気

研究開発者の心意気
昨日、知り合いの開発者が2人、偶然にも当事務所でバッテングしました。それは、一人は小生の以前の部下で、今もシニア社員として在籍している開発者。もう一人は、約10年前に知り合った開発者であり、住職であり、公民館長であり、自社ブランドのある開発・製造・販売を行う知人である。そこで、この人達と小生の3人で社会現状やそれぞれの在籍した企業の現状や直近の状態を勝手に話し始めました。それによると、やはり知人の会社は、歴史が約70年位であり、彼はユータン組である。その訳は父親がなくなりやもう得ず戻ったとの話でした。この人の話ではサラーリーは東京時代の金額に達するのに15年もの月日を要した。それでもやりたい開発を産学官で実行して多額の公的補助金を活用したが、売上には、それほど貢献していない。しかし、知名度と開発型企業のイメージには大きく寄与したと。一方、シニア社員の会社は、すでに安定期に入り、業界NO、1を30年以上継続しているため、なぜか発展する要因も?それに創業期の社員の発想と安定した時期に入社した社員とのギャップは大きく、不満もなく、のんびりと過ごしている会社状況となっている。勿論、創業期の開発者はやる気もなく、年金までの勤務が保証されており、なぜか虚しい限りだと。また、知人は来年には本格的にメーカを経営して残された10年を有効に活用したいとの見解でした。元部下は、後、1年3ヶ月位の勤務の後は、自分の家で農業や好きなおもちゃを作りながら生活したいと。ところで、この小生は、現状の経済的な厳しさもあり、残された期間で最終判断をすることが急務だと思う。それに家庭の事情も重なり、後悔のない行動が最善の策であり、それに向けた気力や行動規範の日程を組む時期である。それには雑念、忘念・邪念をすてれば、結果を気にせず気楽に行動できるはずだから。それは理由の如何は問わないのである。

  


2014年08月19日

人生は下剋上

人生は下剋上
昨日、ある葬儀に参列してきましたが、逝去された人は、近所のおばさんであり、以前はよくお目にかかる機会があった。しかし、ここ数年はお会いしたことがなく、元気なのか、入院しているのか?施設に入っているのか?でなかった。それが急に葬儀の話が来まして、やはり長らく自宅、施設から外へ出る機会がなかったから、お会い知る機会がなかったのだと知りました。それでもこの人の長男が昨年、逝去し、今年はその母親が逝去されたのです。その年齢差は約20年であり、寿命の関係で下剋上は生じていないが、実質の力関係、すなわち仕切りは長男が約40年以上、取り仕切っていたため、下剋上は生じていた。しかし、これは自然の摂理であり、生あるものの定めである。それでないと歴史は、人間社会は、あるいは動物社会も同じ定めかも?それでも今回の葬儀は、約200名位、参列しており、多分、現業の企業の長の知名度、商売のつながりの関係での参列と思える。通常は、95才位の葬儀は、せいぜい30人以下くらいなのだが?それは友人、知人もほとんどいなくなり、親戚と隣組位の参列であるから。その意味でも現在の勢力が、葬儀にも反映することである。それはやはり下剋上の現象だと思える。勿論、人生は老いては、子に従えのことわざでないが、自然現象かも。
  


2014年08月19日

歴史は下剋上

歴史は下剋上
最近、この下剋上の言葉に、なぜか世の中の流れ、歴史、宇宙までもがこの状況にそっくりなのかも?それは、諸行無常の思想にもマッチする気がしてならない。勿論、これは勝手な自己解釈のほかならないが、違和感がない。歴史は統べたが変化の連続であり、従来の課題に対する解決策にあたり、それは以前の思考を覆す下剋上に当たる。縄文時代から弥生時代への変化は?室町時代から安土桃山時代への変遷、鎌倉時代から江戸時代への変化は、文化と外圧と技術の発展などで現状にとどまれず、新しい時代へと移り変わる。これは、全てにマッチする発想かもと?勿論、時代により長短はあるが、それは長期的に見れば、変化には間違いなく当たり、継続しながら変わることである。また、外国の歴史も現象や状態や文化、生活などが違っても、やはり同じ流れに従っているように思える。
これは、浅はかな発想かもと思うが、全くの的外れに思えない。これは常に強いものが勝ち、次に変化する?あるいは現象にそった対応が生き残るのだといえる。それはダーウインの変化にあったものが強いのと同じかも。いずれにしてもこの下剋上の意味は深すぎる。
  


2014年08月18日

お盆は先祖を供養すること現在の関係者の祈願

お盆は先祖を供養すること現在の関係者の祈願
約5日間の休みが終わり、後半戦の仕事の戦いが始まったきがする。そして、前半線の結果を反省して行動等思考を変える必要がある。それは結果が出ていないことに対する反省である。それは必ず因果報応の原理に基づくものであるから。それからすると、やはり、行動力が少なすぎたのかも?以前よりは積極的に行動して新規顧客の開拓に少し結果はのこしましたが、目的の数には程遠い結果である。そこで、後半戦は、まず行動を最優先することが急務である。その結果は、あえて求めず、動きの活発化で何らかの反応を見言い出し、年間目標に近づける努力は、最終目的である。しかし、やはり、一人では?の感覚は否めない。しかし、全ては1人からのスタートである。その力が強ければ巻き込むことが可能なのですが、巻き込み力が小さすぎたのだと感じている。そこでやはり誰かを巻き込む力をつける必要がある。それは公的機関や団体機関や、私的機関でも構わないはずである。そのためには、キーマンの発掘が必要であるが、そのめどができていない。
 しかし、この課題は必ずくりあしなければこの問題の根本解決にはつながらない。そこで、勇気と自信と失敗は未来の教科書の言い伝えにしたがって、恥も外聞も気にしないで行動することの重要性を確認できる最後のチャンスとすべきである。
  


2014年08月11日

すごい人がいるものだ

すごい人がいるものだと
今日、昼前に電話が鳴り、昼飯を一緒に食べないかとnお誘いの件でした。勿論、断る必要がないので、了解して待っていたら、来るまでみえられ、同乗して食堂に出向いた。この食堂は、珍しくそうめんの販売をしており、通常の食堂ではこのメニューはないのである。しかし、この人はそうめんが大好きであり、いつも注文する。私たちは、ざるそばを注文した。そこで、この人はこれまで、ガンを4種類も経験したと。そしていずれもが内視鏡手術によるガン除去、あるいは放射線治療による除去だと。これはやはり外科手術は、患者に負担がかかるのと、感染症が最大の課題だと。その意味では外科手術は、患者に負担をしいるし、余病を招きやすい。それに抗がん剤は正常な細胞を攻撃し、弱くする。それで免疫力の減少が決定的に弱点となる。これらはいずれの経験からくる論理だとの話である。自らの病気は自らあらゆる手段を検討してその方針は患者が決めるものであり、医者に任せられないと。この発想は、一般社会では通用しないが、それを通す力はすごいとしか言い様がないです。そのため自らが長生きしているのだと、これには非常に考えさせられる。あなたは?
  


2014年08月11日

人生の軌跡

人生の軌跡
今日は、久々に人生の進路の関係の話を第三者に拝聴する機会に恵まれた。それは、これまでの経路と実績と、今後の方向性や業績に関して何らかのサイェションが聞かれるかもとの話である。すると、やはり自分が思っていたような経路でここまで生きてきたそのものの結果が現れたみたいである。そして、今後はその流れの中で、緩やかに推移する運命だと。これには、大きく外れ他予測でなく、実績の延長線に思える。それでは事務所経営は、ジリ貧の流れであり、地域への還元も成長支援もできなくなるのと同じ結果である。この状況を変化させて成長戦略に移行する手段はないのかを模索した。すると、それは現状のままでは変わらないと、ある事柄を実施していけば、改善されるとのことでした。これは可能性を信じて行動することしか手段はないのである。その手段も実施しなければ、それは現状の運命のなせる流れにしたがって流れるだけである。それはあまりにも、悲観的な対処の仕方である。さて、これはチャレンジするしか方法はありえない。
 その結果は、今後の流れの中で確認しながら、実態を確かめながら、すすめることになる。期待は弾むばかりであるが、全ては自分の心構えと関係者の支援が決める。
  


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2014年08月08日

全ては自分との戦い

全ては自分との戦いである。
それは、最終決定権は、自分の進路は、誰も責任を負えないのである。勿論、誰もがよく知っているがなかなか自分の問題として受け取るのが難しい感じがする。それでも、時間は経過するので、何らかの方向をけってしないとそこに滞留したままになる。それは後退以外の何者でもなく、現状にとどまるより悪いのかも?それでも月日は本人に無関係に進む。これは宇宙の決まりである。誰もがこの進捗を止めることができない。
 そこで、お盆を前に、今後の進路を見極める模索を始め、少なくとも今月中には方向だけでも決定する勇気と度量が必要に思える。勿論、知り合いに関係者は友人などにもいろいろと打診をして参考意見としているが、やはり我が身にお置き換えることの難しさはある。それでも前記したようにギリギリの時期が来た時に慌てて結論を出すには、軽薄に思う。自らの人生の方向はやはり、ぎりぎりまで可能性を模索しながら最善でないが中程の線を目指しておきたい。それは人生の先を考えると長くて30年、短い場合は、すぐである。一応は15年先までの命と思いながら行動する方向性の決定である。少なくとも今年中には、選択肢の選定を終えておきたい。寿命、時間、集中力等の何人も持続できない期限がある。さて、今おお盆はどのような感覚で経過するか第三者的は見方で観察したい。
  


Posted by ターさん at 14:24開発サプリ経営サプリ人生サプリ

2014年08月08日

下剋上時代

下剋上時代
ある行政書士の訪問で、思いもよらない話を聞くことができました。そレは、知らない間に肝臓ガンの初期と頭の怪我を経験していたとの話である。しかも、たまたま頭の怪我体調が優れず、全身のCTを打診され、その結果が、初期の肝臓ガンが発見できたと。もし、あ頭が痛くなく、体調も良ければ、知らずに生活しており、痛みを感じた時には、既に他のところに転移しているそうだと。本当に救われた。あるいは怪我の功名か?予兆である。
それもある事柄の延長線で関わっていたために救われたと。もし、病気を知らずに生活していたら、過酷な同業者の戦いに破れ、現在はありえないと。やはり、地球上のあらゆる事柄は下剋上の流れに連なっていると思える。これは植物連鎖に關係するのかも?即ち宇宙は全て連動して成り立っているのかな?ここまで発想すると、ちょっと論理に間違いがあるような気がする。でも下から上を蹴落とすことに変わりなく、弱いものが強くなり、強いものは弱くなる宇宙の摂理かも。その意味では弱者弱気を吐かず、必ず強者の道をめざすものだと。さてあなたはどちらかな?
  


2014年08月07日

下剋上時代

下剋上時代
昔しお忘れ今を生きるは、下剋上の実態かも?記憶にある昔の事柄は、重要な事柄以外、詳しくは記憶にない。そして、一番新し事あらが、直ぐに思い出させる。これは日々変化する脳の記憶の中で起こる現象だと思います。特に、年齢が行くと、今朝よりは今が記憶にあり、昨日のことは半分以上は忘却の彼方である。これは生きるためにも全てお記憶していたら脳がパンクするのか、しないのか?解りませんが、記憶と忘却のバランスを取っているのかも?その意味では日々、下剋上なので、違和感がないのかも。ただし、忘れてならないものまで忘れるのは、やはり脳の機能なのかも?その意味では諸行無常は、全て下剋上の現象であるのかも?ところで、学生時代の事柄は、なかなか忘れられていないのに喜んだり、戸惑ったりする。ただし、強烈な印象の事柄はあまりにもショックが大きかったのかまず、忘れることがないのかも?人間は生きてく際には適度の忘却は必要なことであり,感性を磨くにも良いことである。その意味では有史以来、下剋上は繰り返されているのでしょう。
  


2014年08月07日

個人対チームの下剋上。

個人対チームの下剋上
全くの発見は、個人によることが多い。それは個人がそのものに集中して現象の変化や状態の変化等、関心を目的に向かって一直線に敏感にセンサーを稼動させる。そのため、わずかな変化もみのがさず、気づき、それを実証して、より確実なモノにすることが出来る。そして、後は理論付を行い、成果としてみなされる。その際は、個人の知恵、発見、変化の気づき等を、チーム力で検証して時間を短縮する。やはりスピード時代の現在は、同じものが秒違いで発見や発想など全世界で行われるグローバル競争の真っ只中にいる。そのスピードはITやNSNなどの発達により直ぐに地球上を網羅する。それでもやはり、最初の発掘、発見、気づき、発明は個人の力に勝ものはない。その意味では個人対チームでは、個人が勝。しかし、現実的には、その境目があやふやな事案が多々ある。特に、企業の開発チームでは、いつも悩む事案である。どこまでが関わり、どこからはずれたか?その選択は、知財などのケースでは20年間恨む、悩むなど課題も起きる。そのため、やはり主体者と従者を明確化しておくのも人いつの手段である。それでも従者では、分解された端部を精査したり検証したりするので、ここのセクションが、その場面に一番近い立場になる。それでも企業の目的は、社会還元と利益の追求のバランスである。
  


2014年08月06日

20年先を行く開発の思想に現業専門業も理解できず

20年先を行く開発の思想に現業専門業達も理解できず(下剋上の望遠鏡)
昨日、ある農家に出向いたが、本来は大工さんです。しかし、ある事情で農業をすることになったと。勿論、これまでも大工と農業の兼業をしてきた。それも価値あるさくらんぼに絞って経営してきた。そのため、兼業農家でも可能な経営状態であった。しかし、よく話を聞きますと、逆であり、他の専業農家の収益の2~3倍であり、短期間に一気に稼ぐ理想的な兼業経営のパターンである。しかも、このさくらんぼは半端な値段でなくやはり、他の2~3倍の価格で販売されたと。それは市場への出荷であり、価値があるものは市場が価格を決定してくれる。それに反して贈答や店頭での販売は、値ごろ感があり、価値にマッチした値段はつけてくれない。この点を一般の農家は、知らない。
言え、知っていても価値がなければ市場では叩かれるのがオチである。そのため顧客と直接取引する贈答にメリットがあると思っている。贈答は郵送先、
送付日の制約、品質に関係なく、ほぼ低価格である。それは、反収が大幅に低減してしまう。このジレンマに悩まされないのは、市場での最高級品をせりに出すことであると。それに総毒液の量の半減、収穫の時間短縮(一気にもぎ取れる)品質がよく、箱詰めが簡単で能率もよく、コストダウンが図れる。そして、現実にはこの発想には、20年のブランクがあり、専業農家は、踏み切れないと。やはりこのショックは目の前にある農家のさくらんぼは?なぜか、虚しさを感じました。これはこの案件に限らず起きうる事例である。そこで、この人は、あえて秘密にせず開示しているが、理解できないと豪語している。それが現実の農家とこの人のギャップである。それはあらゆる分野に存在する事例かと思える。


  


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2014年08月06日

下剋上時代

下剋上時代(協力者の有無)
昨日のNEWSは、STAP細胞の共同執筆者の自殺で大騒ぎである。それは大きなこれからの日本の財産を失ったことを意味するからでしょう。しかも、これまでもこの人にお人生には、多くの協力者が周りに存在して現実があるはずだが?なぜ、今までの協力者がこの苦境の現状に手を差し伸べなかったのか?やはり、人間は弱いものだと思う。文字が示すように2人でセットで有り、その連続が社会である。その際も、やはり人のつながりや、支援、隠れた援助などが存在するはずだが?よく、死去されたからそれほど悩んでいたのかとか(外見上はわからない)、辞職を認めず、がんばれとか、上司は要望する。それはこれまでも事件の度に繰り返し言い続けられた言葉である。特に、人間の心境は端面的は、読み取れず、深層心理学でも?やはり、言葉、態度、仕草から判断することが必要なのかも?協力者はどこまで入り込めば良いのか?これも悩むところである。しかし、シグナルは、必ず発信していたはずなのだが協力者はやはり絆的関係が必要である。主従の関係だけでは、解けない神秘である。どこまでも信じてついてゆく自由さとバイタリテイーは不可欠である。場面での行き違いがあっても、常に信じきってついて行き、疑義を持たずに事柄を推進する馬力が必要である。現職時代は、上司を疑ったこともなく、自らに課せられた業務を粛々と進めた記憶がありますが、その結果は期待とうりのものが得られた。やはり協力者は主の片手であり、同等であり、具現者であり、反対者でもある。この場面でのバランスは阿吽の呼吸かもね。それは信じることが原点ある。道を少しずれる
ことがあっても、全体からすれば目的に向かっていればそれは、よしと言えるのだが、それも許さないのなら行き場がなくなる。これくらいの心の余裕が欲しい。本当に嫌ならすべてを捨てればいいのだが?過去も捨てる、関係者も捨てる、友人も捨てるの覚悟は下剋上時代の生きる道かも?
  


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